歴史上の偉人にも様々な方がおられるが、かのローマ帝国を陰から善導しつつ、政治的リーダーシップをなしていた哲学的巨星セネカの実在は、その後のローマ帝国にも、その後のヨーロッパ精神にも、大いなる実りをもたらしたといえることであろう。
ネロが皇帝に就任した時のセネカの論文「寛容について」等について、ネロが、その真意を深く広く高く忖度出来ていたならば、ネロも暴君として歴史に名を遺すことはなかったであろう。
ネロ自身は、ローマ帝国の皇帝がつとまるぐらいであるから、本来、非常に優秀なリーダー的素質をもっていたことは、想像にかたくないのであり、その証として初期は、特に「善政」が敷かれていたといえるのである。しかし、セネカをはじめとする一大哲学者の言うことに対して、謙虚さと感謝と礼節を忘れた時から、転落がはじまったといえるのかもしれない。
このように、どのような優れたリーダーであろうとも、「哲人賢人の言」を重用し、厚遇しつづけなければならないといえるのである。セネカの最期は、一種日本国の武士道を念わせるようなものがあったけれども、セネカの魂自身は、常に天上世界に飛翔しており、地上世界の生と立場に全うされたにすぎないのである。
もしも、ネロが、常にセネカを、たとえ、その叱責が辛らつなものであろうとも、一貫して支持しつづけ、敬意をはらい、「素直な心」をもって、その「真理」を応用し、実践しつづけていたならば、世界史はネロをして、賢帝たらしめていたことは間違いないであろう。 |