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光明メッセージ | |
Japanese Dream Realization |
諸君よ、相手の方の「実相」を観ずるということは、常になすべきことである。その「実相」とは、完全円満なる姿であって、その方の真姿であるのである。それ故に、どのような「現象」が立ち現れていようとも、それに執われることなく、常に「実相」を観じつづけ、「ありがとうございます」という感謝の念をもちつづけるのである。 例えば、病の「現象」が一見現れていようとも、その「現象」に執われることなく、「健康そのもの」の「実相」の姿こそを観じ、その「実相」の姿をこそ拝んでゆけばよいのである。迷いの姿は迷いの姿であって、本来の姿ではないのである。「実相」そのものの姿ではないのである。それ故に、その姿を心で把んでしまってはならないのである。 常に執われず、無執着の状態で、「実相」の姿のみに心を集中させ、「実相」の姿のみを光明信念として観じつづけ、真に観ずるものが現れるのが心の法則であるから、「実相」の姿を観じ、現してゆけばよいのである。それ故に、どのような現象の「不調和」の姿が現れようとも、真に「実相」の完全円満な大調和の姿のみを観じつづけてゆけばよいのである。どのような現象の「貧しさ」の姿が現れようとも、常に「実相」の繁栄している姿のみを観じつづけてゆけばよいのである。 「実相」の姿を観じつづけてゆけば、自らの「潜在意識」にも「実相」の姿のみを刻印しつづけてゆくことが出来、また、どのような迷いの「現象」にも執われない光明信念のみを刻印しつづけてゆくことが出来、常に「ありがとうございます」という感謝の想念を刻印しつづけてゆくことが出来、常に「実相」の姿を現象界にも実現しつづけてゆくことが出来るのである。 真なる実相礼拝の精神のもとに、あらゆる面において、すべては善くなってゆくしかないのである。 |
《光明祈念歌》 | ||||||||
円相を | ||||||||
常に礼拝 | ||||||||
してゆけば | ||||||||
感謝の姿 | ||||||||
常に現ゆ | ||||||||
(貴) |