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 光明メッセージ
Japanese Dream Realization


「己が天命の『道』の内に神の国を顕わしてゆこう」


  諸君よ、「無執着」ということは大切なことである。何ものにも執われずに、淡々と自己の「天命」の「道」を歩みつづけてゆくということは、常なる姿であるといえるのである。外界の事象がどのように移りかわっていっても、心の内なる「天命の国」は、決して変わることはないし、変えない「光明信念」が必要なのである。

 自分自身の心の王国は、自分自身の力によって創ってゆくものであって、自分自身の理想像そのものがつくられているか否かを、常に吟味してゆけばよいのである。そのようにして、一定の時間において創られた光明の「業」は、自然に外なる世界をも創り変えてゆくことが出来るのである。心の内にしっかりとした「神の国」「仏の国」「理念の国」を創りつづけてゆけば、自ずから、外なる世界が改められ、外なる世界に、本来の「神の国」「仏の国」「理念の国」が生じてくるといえるのである。

 故に、淡々と自己の内奥を磨きつづけようではないか。何か一条の「道」があるのならば、その「道」に邁進しようではないか。己が「道」を極めつづけてゆくだけで、その「型」が、その「後ろ姿」が、多くの方々に「イデア」の風姿を与えつづけてゆくことになるのである。

 真に何らかの一条の「道」を修めつづけてゆくことは、「悦び」に満ち満ちたことである。時には、その道を広げていっても面白いことである。例えば、哲学の道といっても、対象が、武道になったり、スポーツになったり、短歌になったり、俳句になったり、政治経済になったり、様々である。

 故に、一条の「道」に邁進しながら、その「道」をより広くしてゆきつつ、その「道」の中に、神の国、仏の国、理念の国を育みつづけてゆけば、あらゆる面において、すべては善くなってゆくしかないのである。

《光明祈念歌》
多宝仏
弥勒仏こそ
証せん
三法印に
光明実相
       (貴)



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