JDR公開理念情報 

 光明メッセージ
Japanese Dream Realization






「過去現在未来を貫く自己の神性仏性の内に『七宝の塔』を示現せよ」





  諸君よ、神仏に対して、自らの罪を懺悔告白するということは、神仏の子人間として新生する第一歩である。素直に、謙虚に、柔軟に、自らの過ちを認めるということは、永遠普遍のリーダーの努めである。これが出来ない人間は、本来リーダーの資格がないのである。

  過去の功罪の内、功の面を強調してみてゆくことも大切ではあるが、同時に、罪は罪として素直に認め、世間の方々に懺悔し、了解していただくことも、リーダーの勤めである。それが、真に天を愛し、人々を愛するということである。それが、真なる「空」の心を体現するということであり、過去の自己の神性仏性に対して「布施」をなすということであり、本来の自己の神性仏性に対して布施をなすということであり、今現在の自己の神性仏性に対して布施をなすということである。

  「天の御心」という真理の基準に照らして是々非々を述べるということは、愚痴や不平不満とは異なるものである。それは、「義」の心の発現であり、君子の徳目なのである。その「義」の心に対して、反抗心や反発心を抱くということを「悪見」というのである。「邪見」というのである。「慢見」というのである。

  真理を真理として正しく観ずることが、真なる「正見」であり、真なる「正見」とは、限りなく真理にもとにリアリスティックになるということである。真にリアリズムに徹することによって、真なる「解脱」が得られ、真なる「中道」に入定することが出来るのである。

  そして、真に「解脱」した「中道」の心をもって、「天の御心」を達観した時期に、そこに、空相世界としての「光明荘厳」なる神の国、仏の国、理念(イデア)の国が真に示現し、同時に、心の内にも外にも「七宝の塔」が顕れてゆくのである。

  「七宝の塔」とは、かつて「多宝如来」が「釈迦如来」に示現し、「釈迦如来」から「弥勒如来」へと法燈が渡されたものであり、真なる「理念の体系」として「七(すべて)の宝(天の栄光)の塔(顕現)」として、「大和」(だいわ)の国に、真に幸えているのである。

  故に、真実をリアリスティックに知り、大悟してゆくことが、そして、後悟の悟りを積み重ねてゆくことが、真なる繁栄と健康と幸福と大いなる夢と希望の大道を切り拓いてゆくことになるのである。あらゆる面において、すべては善くなってゆくしかないのである。




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