JDR公開理念情報 

 光明メッセージ
Japanese Dream Realization






「理に裏付けられた『信』の世界を築いてゆけ」





  諸君よ、「不合理故に我信ず」という宗教哲学を誤解曲解してはならない。不合理なものなど、この地上に一つもない。すべてに理があり、すべてに法があり、すべてに光がある。一見不合理に観えるのは、その現象を解析する科学が不充分であるにすぎない。本来すべてに理があるというのが真なる宗教であり、真なる科学である。そして、真なる哲学である。理を冷静に見通すことによって、盲信や狂信から逃れ、健全で柔軟なる信仰も、信頼も、もてるものなのである。

 その意味において、極端な盲信も、極端な不信、猜疑も、中道、中庸から背いているといえるのである。中道、中庸とは、理の通った道である。故に、真なる王道となるのである。故に、合理的なるが故に信じ、信じる対象を合理的に洞察しながら、信仰と理性を一致させてゆくという精神態度が大切なのである。

 真なる法には、文証、理証、現証があるというが、「ロゴス」(理法)であるならば、本来その三者が含まれていることは当然の理である。故に、理を否定する信仰よりも、理を肯定し、理の世界に積極的に翻訳してゆく信仰の方が、新時代には大切になってゆくのである。その意味において、近代合理主義と神秘的心霊思想を積極的に融合止揚したような精神世界を、もっと大切にしてゆかなければならない。

 その内容が、学問の対象としても耐えうるようなものであってはじめて、新時代の根本理念たりえるのである。通常にいうオカルトの中にも理があり、理の観点から謙虚に解析してゆこうとすることが、哲学、科学、そして学問の本来の態度である。それは、理の幅を広げてゆこうという視点であり、より大きな世界に心を素直に開いてゆこうという精神態度なのである。

 極端な盲信、狂信、そして極端な猜疑心、増上慢を排し、中道、中庸の道を切り拓いてゆくことによって、本来の理に裏づけられた「信」の世界を築くことが出来るのである。あらゆる面において、すべては善くなってゆくしかないのである。




このホームページのトップへ