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光明メッセージ | |
Japanese Dream Realization |
諸君よ、人生が一大光明芸術であるといっても、それを観ずる方の限界が限界となるし、悟りが悟りとして可能性として拓かれてゆくのである。ドラマや映画や劇という小宇宙をホワイトホールにしてゆくのか、ブラックホールにしてゆくのかは、それを創る方にかかっているのである。
どのような人生であっても、真なる芸術家が観れば芸術になるのであって、芸術家でない方が観れば、単なる人物のあら探しに終わったり、歴史のあら探しに終わったりするものなのである。リアリストに徹するという「現実」の中には「理念」もあり、「光明」もあり、「美そのもの」もあり、「神そのもの」、「仏そのもの」、「生命そのもの」も実在するのである。それが、現実即実相、実相即現実という意味である。
心身共に真に繁栄する心の第一は、「ケチをつける心」を捨てることにあるのである。積極的に光明面を観じてゆくことにあるのである。光明面を真に観じてゆけば、そこに「現実」として実在するのが一大光明芸術なのである。それは、人生のネガティブな面に目を閉じることとは根本的に異なるのである。一見ネガティブな面と観えしものの中にも「理念」そのものがあり、真善美聖が実在しているのである。
要は、観じきることが出来るか否かということである。一大光明芸術も、その中に「深さ」や、「高さ」や、「広さ」というものがなければ、それを演ずる方も、それに協賛される方も、それを放映される国家も、真に幸福になり、真に繁栄し、真に発展し、真に運命を開拓してゆくことは出来ないのである。
まず、善意を掲げよ。しかる後に、光明面を探し、讃嘆せよ。そして、その方向において深い理念を発見せよ。深い真理を発見せよ。そして、その感動を、一大光明芸術の中に、魂の躍動をもって描いてゆけ。さすれば、効果として、それを描く方も、それを演じる方も、それを観る方も、それを協賛する方も、それを流す方も、すべての方が真に幸福になり、真に心の糧を得、人生を力剛く生き抜いてゆくことが出来るのである。あらゆる面において、すべては善くなってゆくしかないのである。