諸君よ、かの神武天皇といわれる方は実在されたのである。史実が明確に遺っていることは、否定しがたい真実である証である。史跡の多いことも、伝説の多いことも、否定しがたい事実である証である。神武天皇とは、その御名に象徴されているとおり、神の御心を御心とされ、なおかつ、武士道を心身共に体現された日本武士道の祖にあたられるような方なのである。
神聖さの徳に加えて、武士道としての「誠」の精神と、「仁」「義」「礼」「智」「信」の五常の徳に秀でられた代表的な日本的君子であられたのである。そして、「八紘一宇」の哲理にみられるように、「大和」(だいわ)の哲学を政治哲学として有(も)たれ、実践された、偉大な世界史上の哲人であり、「知行合一」の実践家であられたのである。
そして同時に、大調和なる「和」の精神を貴ばれ、あらゆる民族や文化を貴ばれた、極めて近代的合理センスを先駆けられた、日本精神哲理の祖となられるような方なのである。日ノ本の国の国体の中心精神を天下に明言され、日ノ本の国の実相を「国のかたち」として顕現された、理想的な伝説上の哲人皇帝にあたるような方なのである。
かのローマ皇帝のマルクス・アウレリウス帝にあたるような方が、さらに古く、この日ノ本の国に実在され、建国の祖となられ、「国のかたち」を、日本国の実相として顕現されたのである。それ故に、日本国がその実相的原点に立ち返る時期にあたっては、常に神武天皇の原点に立ち返らなければならない。
太陽神の御心が、天御中主神、天照大神、天孫邇邇芸命へと受け継がれ、神武天皇が初代天皇として御即位されることによって、真の意味で日本国が建国され、日本国が樹立されたということが、史実的真理なのである。かの安岡正篤の「日本の誓い」は、太陽神の御心を心とされた神武天皇の御心を、限りなく忖度されたものでもあるのである。
そして、その真髄において、自由、平等、博愛の精神と帰一するものであることは、実相的真理であり、「中心」帰一的真理なのである。「統合と個性の開花」「秩序と自由」の精神理念を中軸とする新生日本建設の時代が、真の意味で始まったのである。
諸君よ、大いなる夢を描き、大いなる志を共有し、天地人、一体となって、神の国そのものを、大調和の時代の礎として創ってゆこうではないか。あらゆる面において、すべては善くなってゆくしかないのである。