JDR公開理念情報 

 光明メッセージ
Japanese Dream Realization






「自己の誤ちを認めることは大器の証である」





 諸君よ、敗北を素直に認めないということ程、恥かしいことはないのである。誤ちを素直に認めないということ程、罪なことはないのである。公的責任を回避すること程、賤しいことはないのである。自己責任を認めないということ程、罪が重くなることはないのである。

 指導者である以上、素直に敗北を認め、素直に善いものを善いと認め、悪いものを悪いものと認め、天の御心を全うしてゆくことは王道なのである。これは、完全主義にこだわっているものではない。誤った完全主義の立場に立てば、敗北も、誤ちも、罪も、公的責任を追求されることも無いであろう。

 不完全性の前提に立つからこそ、素直に反省し、素直に是非を認め、素直に引責することができるのではないだろうか。そして、天の御心を全うすることが出来るのではないだろうか。無知の知の自覚によって、大いなる知の大道が開かれてゆくように、不完全性の自覚によって、大いなる完全性の大道、大成の道が開かれてゆくといえるのである。

 かの大鵬といわれる横綱であっても、偉大なる業績をあげられても、「我、未だ木鶏たり得ず」といわれたではないか。その言葉によって、逆説的ではあるが、木鶏たることが証されているのである。

 諸君よ、人生の大横綱となれ。人生において、木鶏たれ。それは、公的責任を全うしながら、大いなる謙虚さと礼節と感謝の心をもって、一歩一歩大道に精進してゆくことから生まれてゆくのである。

 潔く自己責任を認め、是々非々を認め、善いものは善いと認め、肯定してゆく所から、新生せる繁栄大革命が生まれてゆくのである。自己責任を全うすることが天の御心を全うすることであり、大いなる繁栄の秘訣であり、大いなる徳の秘訣であり、大器を創ってゆく条件なのである。

 常に新生してゆく不撓不屈の光明信念をもって、新生日本の命運を、新生地球の命運を真に開拓してゆこうではないか。あらゆる面において、すべては善くなってゆくしかないのである。




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