JDR公開理念情報 

 光明メッセージ
Japanese Dream Realization






「深い罪の自覚から神仏の子の自覚へと新生せよ」





 諸君よ、社会的犯罪を糺してゆくということは王道であるということを、断じて忘れてはならない。罪の自覚がないという方は、救いの門から遠いのである。罪を罪としてはっきりと自覚して初めて、真なる反省が生まれ、真なる懺悔が生まれ、真なる悔い改めが生まれ、その時期に初めて、天の栄光が地上に顕れてゆくものだからである。

 故に、罪を自覚できないということは、最大の迷いであり、煩悩であり、「痴」そのものであるということを、よくよく悟らなくてはならない。かのパウロの悔い改めも、新生も、罪の自覚から始まっているのである。罪を罪として自覚するという前提のない方に対して、真なる許しも、真なる救いも、真なる愛も、本当の意味で価値を生みにくいものなのである。かの親鸞聖人であっても、大悪人としての罪の自覚が人一倍あられたが故に、真に阿弥陀如来の慈悲を悟り、真に救われたのではないだろうか。

 故に、罪を罪として自覚させてさしあげることも、厳しい愛となりうることもあるのである。社会正義の秩序を破壊せんとする方に対して、社会的罪を自覚させてさしあげることも、人を活かしてゆく上で、大切な大愛であることも多いのである。宗教的にも自らの犯した罪について自覚させてさしあげる方が、後に大成されることもあるのである。

 深い所から自らの罪深さを反省し、悔い改め、神仏の慈悲に触れて、宗教的境地において自己の悟境を昇華させえた方は、自らの実体験に基づいて大悲の心に目覚められ、スター・デリーのように、一大罪人が一大聖人として生まれ変わられることもあるのである。一大光明芸術の舞台こそが、本来この地上で予定されている運命開拓の秘密の一つなのである。

 諸君よ、深い罪の自覚から大いなる神仏の子の自覚へと新生し、多くの迷える魂達を救え。あらゆる面において、すべては善くなってゆくしかないのである。




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