「義塾メッセージ」
Japanese Dream Realization





「生涯哲人として根源的に人生を『問い』智慧と愛と光明を表現してゆけ」




  塾生諸君に述べておきたい。人間として「善く生きる」ということは、一生を通して学びつづけてゆくものであり、人生というものは、真正面からぶつかっていって、必ず報われる一大光明芸術の舞台であり、天の配材であるといえるのである。

 人生の本質と世界の本質について根源的に探究し、思索しつづけてゆくということは、「生きる姿勢」そのものである。「生きる姿勢」において、「問い」を深いところから投げかけつづけるということが、真なる「人生の道標」と成ってゆくのである。人生において、どのような球が投げられても、それを積極的に打ち返してゆくだけの生きる光明の意志と光明の信念と光明の勇気があれば、必ずや、生きてゆく過程において、その段階段階における「応答」を天から授かり、「生きた証」としてゆくことが出来るものなのである。

 その意味において、人生のすべてのすべては、「七宝の山」なのである。心の法灯を掲げて観れば、そこには、無限無数の「宝」が、「精神的ジャパニーズドリーム」として、「精神的グローバルドリーム」として、「精神的ユニバーサルドリーム」として実在しているのである。

 あらゆることを根源的に「問う」ということが、「生きる姿勢」そのものであり、永遠の「闘魂」そのものでもあるのである。どのような分野においても、真なる「ファイティングスピリット」、真なる「フロンティアスピリット」、真なる「ドリームスピリット」がなければ、真に生きるに値する「価値の実在」は学べないものなのである。

 「善く生きる」ということは、「善く問う」ということであり、「善く問う」ということは、「善く思索する」ということであり、「善く思索する」ということは、「善く表現する」ということであり、「善く表現する」ということが、人々に、愛と智慧と勇気と希望とエネルギーを真に与えるということなのである。

 あらゆる分野において、あらゆる個性ある方々が、真に「善く生きる」ことを実践し、地道に、着実に、自然に、人生の王道を人生の大道として、人生の黄金の道として歩んでゆかれたならば、その過程そのものが、大いなる「悦び一元」と成り、「明るさ一元」と成り、「剛さ一元」と成り、「和一元」と成り、「国際性一元」と成り、そこから、真なる「精神的ジャパニーズドリーム」、真なる「精神的グローバルドリーム」、真なる「精神的ユニバーサルドリーム」が、大調和、大団円に育まれてゆくのである。

 多様なる分野において、「新時代」の太陽を心身共に昇らせてゆくことこそ、新生日本ルネサンス、新生地球ルネサンスの「生き証人」としての「天命」なのである。あらゆる面において、すべては善くなってゆくしかないのである。




〔義塾光明祈念歌〕
 
深く
  問え
善く
生きること
創ること
白球
追う
生涯  
哲人
(貴)           .



[ 2001年4月30日 ]



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