「義塾メッセージ」
Japanese Dream Realization





「『叡智的直観』によって把握された『真理』を尊びその内奥を悟得してゆくことこそ 真なる『学問』の悦びである」




  塾生諸君に述べておきたい。「JDRクラブ」というものは、「新時代」の「トランセンデンタルクラブ」(超絶クラブ)そのものなのである。「精神的ジャパニーズドリーム」という思想書、哲学書、文学書は、「新時代」の「精神的ジャパニーズドリーム」「精神的グローバルドリーム」「精神的ユニバーサルドリーム」にむけての、かつてのエマソン的「預言」書そのものなのである。

 哲学も、原点においては、ソクラテスやプラトンやプロティノス等に「観」られるように、一種の「預言」が天降っているものであり、「預言」が「叡智の光明」となり、人間の内奥を光明照徹し、人間関係の中にも、アカデメイアのような学校の中にも、国家の中にも、地球の中にも、光を掲げてゆくものなのである。

 しかし、「預言」に対して、真なる哲学的思索、思想的思索、文学的思索を成してゆけば、より柔軟に、より健全に、より幅広く、「自他一体」に器を大きくしてゆくことが出来るものなのである。それ故に、「叡智的直観」に基づく「真理」に対して主体的に思索しつづけ、実践の中で、一つ一つ深く高く広く悟ってゆく「悦び」が生まれてゆくのである。

 例えば、仏教の「色即是空空即是色」という「真理」であっても、それを真に悟得するためには、一生を費やしても難しいものであり、西田幾多郎の「純粋経験」や、「絶対矛盾の自己同一」や、「絶対無の場所」等の「真理」であっても、それを真に悟得するためには、一生を費やしても難しいものであるという「原点」に立ち返って、心「素直」に、「謙虚さ」と「感謝」と「礼節」と「尊敬」をもって敬い、禅定に禅定を重ね、実践に実践を重ね、「知徳合一」「知行合一」の精神をもって、悟得してゆく「悦び」に精進していただきたいと思うのである。

 かのプラトンの「イデア」論にしても、単なる知識のみでは、決して真に分かったことにはならないのである。くり返しくり返し、「真理」を観照してゆくことによって、「理性」が真に活性化し、「悟り」の境地が顕れ、真なる哲人として、真なる志士として、真なる君子として大成してゆけるものなのである。

 エマソンにしても、ルソーにしても、ヘーゲルにしても、一片一片の「真理」が「悟り」の「言霊」(ロゴス)であるが故に奥が深く、探究しても探究しても、味わいが生じてくるものなのである。その意味において、かの「般若心経」のように、何度も何度も読誦、朗誦しながら、悟りの「言霊」(ロゴス)の、表面的な「概念」の実相(理念)を如実知見してゆく「悦び」をもって、哲学的探究心の原点と成していただきたい。

 「無知の知」の原点に立脚して、「真理」(理念)を敬い、悟得してゆくことこそ、人生における至上の「悦び」であり、「醍醐味」であり、人間としての「最高の幸福」であり、「学問のすすめ」の本旨なのである。

 真なる「学問」とは、真なる知識を学ぶことを通して、知識(概念)の奥に、真理(理念)を悟ってゆくことに本質があり、真に悟った真理(理念)は、自然に、「実生活」において、「実学」として自由自在に応用してゆけることに本質があるのである。故に、真なる「学問」こそが、真なる「愛」であり、「光明」であり、「大いなる夢」なのである。

 真に「学問」に志し、真なる光明の哲人として、「善く生きる」ことを様々な分野において実践しつづけてゆけば、あらゆる面において、すべては善くなってゆくしかないのである。




〔義塾光明祈念歌〕
陽の
昇る
時期に
哲理の
植う
節を 創りつ
根は
深く
張り
(貴) 



[ 2001年6月3日 ]



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