理念情報

 「哲学的コラム」
Japanese Dream Realization



「リアリズムと善因善果 悪因悪果の法則について」



 リアリズムも透徹しきると、こだわりが無くなってくる。生を恐れていては、生を全うすることはできない。老いを恐れていては、老いを全うすることはできない。病を恐れていては、病を全うすることはできない。死を恐れていては、死を全うすることはできない。事実を事実として見極め、証拠を証拠として見極め、真実を真実として見極めてゆくためにこそ、恐怖心を捨てなければならない。常に覚めていなければならない。

 問題を小手先で処理しようとしたり、下手に逃げようとしない方がよいこともある。真実というものは、人情を超えている。真理というものも、人情を超えている。1+1が3になることはない。太陽は二つない。事実は二つない。天の御心は二つない。1+1は2であるということから出発しなければ、そこから次に何を論じられようというのか。

 天の預言が本物か偽物かということに中間はない。天の御光に法則があり、天の御言葉にロゴスがある以上、物理学的、数学的正確さをもって、作用反作用の原理は働いてゆく。そして、その効果は、その時期に出ることもあれば、その後、何年、何十年先になって出てくることもある。天の御心に本来不公平さはない。天の秤は、公平に、数学的原理に基づいて運用されている。

 故に、よくよく冷静になって古今東西の人類の歴史を達観してみれば、今後の日本の百年の大計も、今後の全世界の百年の大計も、今何を思い、何を行っているのかということを因果の理法に基づいて計算してゆけば、自ずから未来が観えてくることであろう。

 善因は必ずいずれの時にか善果となり、悪因は必ずいずれの時にか悪果となって顕れてゆく。それが、伏流水のように秘められているか、それとも地震のように顕れてくるかは、天の摂理に基づいているものであって、無執着の内に全託してゆくしかない。

 私達に出来ることは、古今東西の歴史、故事を敬いながら、善因を増やし、悪因を悔い改め、善因へと昇華してゆくことである。真の意味で、善人が永い眼でみて報われなかったことは一つもないのであるから。それは、数多くの偉人の歴史が実証していることである。

 あらゆる面において、すべては善くなってゆくしかないのである。



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