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「青春の自省録」 | 1986年 7月 |
Japanese Dream Realization |
「青春の自省録」 |
■ Jul,1,1986 | |
自分にとって絶対であると確信していることさえも、他人には押し付けてはならない。助言程度に抑えて、彼を見守ってやるべきだ。なぜなら、自分にとって、今、絶対であることも、永遠にそのまま変わらないということはないであろうし、また、おまえが話している相手に対して、おまえは相手の人生の中のただ一点の、ただ外相や言葉面しか知らないではないか。彼が今、そうあるのは、深く、永い必然があるのだ。その部分を、おまえはどれだけ理解しているというのだ。どんな人間にも愛情をもって、その人間がいつか、自分の誤りを認識できるようになるまで何も言わずに、見守ってやろうじゃないか。それが本当のいたわりというものだ。 | |
■ Jul,1,1986 | |
世の中には、嫌なことがたくさんある。やはり、同じくらい、嫌な人もいる。あたりまえのことかもしれない。そんな世の中に、私は本当に好んで生まれてきたのかどうか、時として疑問に思うこともある。しかし、嫌なことを経験すれば、それが為に受けた傷の部分から、今までに見えなかったものが見えてくるというのは確かのようだ。同じく、嫌な人とつき合っていれば、思わぬ所で、自分の悪い部分が発見できる。そして、今まで自分とつき合ってきた人が、自分の悪い所を、いかに容認していてくれたかが分る。これは、すごいことだ。 | |
■ Jul,1,1986 | |
言葉の中には、そのものに対する愛がこめられていなければならない。そして、それは親しみであり、いたわりであり、感動である。あなたが過去、すばらしいと感じた言葉を探してみなさい。その言葉には、魂がこもっていたはずだ。 | |
■ Jul,3,1986 | |
古今東西の詩人たちのほとんどが夭折したのは、彼らがあまりにも純粋であったがために、社会に適応できなかったからだ。 そう、善と悪、そして美と醜が妥協し、共存する世の中に。彼らは、あまりにも、人間の神秘性を信じすぎたゆえに、人間の原理や、世の中の原理というものに、目が届かなかったのである。 私は、社会がために、そして、自分の純粋さのために、決して夭折したりはしないつもりだ。自分の純粋さを保ちつつ、強く生き抜いてゆこうと思う。 それには、まず、世の中の原理と、人間の根本原理を、深く正確に据え、自分に社会適応性というものを身につけてゆかなくてはならないだろう。 |
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■ Jul,3,1986 | |
未来に不安なんて抱かなくていい どんな所にいて どんなことを思って 笑っていようが 泣いていようが どんな時も その一瞬一瞬がかけがえのないものなんだ そう思えば お前の人生 いつでも 晴れだよ 他人の眼 どんな風に映ろうが そんなこと 気にしない お前の人生 いつでも 晴れだよ |
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■ Jul,16,1986 | |
この世は、さびしく、つらく、悲しいものだ。 だったら、もっと明るくなろうと思う。 人のさびしさを解消させてあげるような、やさしい明るさで包んであげようと思う。 |
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■ Jul,16,1986 | |
おまえという存在は、この全世界の中で、いや、この全宇宙の中においても、たった一つしかない、かけがえのない存在なのだ。 世間では、価値というものを固定化し、「善い」とか「悪い」とかと名をつけるが、おまえは、そんなこと少しも気にすることはない。おまえが、唯一、美しく、真だと思う方向に、着々と歩んでゆけば、それでいいのだ。 たった一つしかない、お前の魂、大切にしろよ! |
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■ Jul,16,1986 | |
人の考え方思想で人を判断してはならない。思想などというものは、いわば衣服の様なものであって、その人の生理的にも、外的にも、条件がそろった所で必然的におこるものであって、一回的な刻々と変化するものである。そして、それは、あくまで人間の服であって、魂ではない。やはり、その人間が奥深い所で奏でている旋律のようなものを聞きとらなければならないのだ。 | |
■ Jul,16,1986 | |
人には、それぞれ自らが選んだ運命を背負って生きている。その運命を恨むなかれ。その枠の中で、どうやって生きてゆくかが、その人間の価値を決めるのだ。 | |
■ Jul,16,1986 | |
「やさしく、明るく、美しく、清いもの… それをなんと表現すればよいか… 私はそれを求め、私の魂自体がそんな状態になることを望む。」 | |
■ Jul,17,1986 | |
不幸で悲しい状態にあることは、魂を磨くためには良い手段である。しかし、それは、あくまでも手段であって、究極的な魂の境地ではない。 明るい、やさしい状態こそが、やはり、究極的な魂の状態である。 |
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■ Jul,23,1986 | |
特に、この世では、深い友情や愛情関係はすぐには出来ない。半年、いや、それ以上、ゆっくりと年月をかけて育て上げてゆくものだ。初めて会った時からの真の親友や、真の愛人など存在しない。 確かに、心の波調が合うというのはあるが、それ以上のことは何もない。もし、あの世で約束をしてきているとしても、この世に生まれついた時に、その記憶はすべて失われてしまうのだから。 | |
■ Jul,23,1986 | |
ピアノは語る 人を通じて 絵も 語る 人を通じて すべては語る 魂の旋律を通じて |
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■ Jul,24,1986 | |
私は この何年間 魂を磨き 人間を見据えてきた 私は東京に行くだろう そこで 色々なことを経験する そこで 色々な人に出会う そして 色々な教養をつける いつか 創造的に 芸術的に かつ 人間の内面に働きかけなければならない時代が来る その時 私の真の力が発揮されるのである |
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■ Jul,28,1986 | |
人間の価値観は、どの様な「目的」を持つかによってきまる。 「目的」がない人生と、「目的」を持った人生とでは、雲泥の差がでてくる。 そもそも、我々は「目的」を持って人間に生まれてきたのである。 なのに、その目的を無視して人生を送ったとしたら、 その人生は、無駄に終わるだけでなく、 その魂まで、没落してしまうにちがいない。 |
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■ Jul,28,1986 | |
人間は、自分の心を見抜かれると感じたものに近づきたがらない。 その反面、自分の心をやさしく読みとってくれる者を、最大の友としたがっている。 相手へのいたわり、やさしさがあってこそ、洞察力というものは生きてくるのだ。 |
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